『真実の愛』−あるキャバリアとの数週間の物語    
 

 このお話は、94年11月にNIFTYのペットフォーラムに掲載されたものです。
著者の飯田忍さんとボス君(現・ボシ君)のオーナーであるムぱさんのご厚意により、ここに転載させていただきました。

なお、ここからの転載は厳重禁止ですのでよろしくお願いします。

ム−ミンぱぱさんへの手紙−1             SHI−BO( 飯田 忍)氏 著

『真実の愛』−あるキャバリアとの数週間の物語 

 女の28とは微妙な年齢である。この年で一人となれば心も揺れる。
まだまだ若いよ、と三十路のキャリアウ−マン達には一笑されるものの街を歩けばいやでも10代や20代前半の若い女の子とはもう違うモノになっている自分を思い知らされるのである。
 仕事の帰り、冷えた部屋に戻る前に寄るのが習慣となってしまった駅前のペットショップ。ガラスケ−スの向こうは綿毛の子猫やつぶらな瞳の子犬の世界。そのどこまでも純粋無垢、無邪気な存在に微笑みかける時胸の奥にほんの一瞬、やさしくあたたかい灯がともる。ふと横を見れば仕事に疲れた感じのおじさんが細い目をさらに細めながら張り付かんばかりにラブのパピ−を眺めている。この人もまたさみしいのだと思う。ここは愛を注ぐ対象に飢えた者の避難帯であり、日々かわいていく心を潤すことのできる都会のオアシスなのだ。
  そしてまた自分も一人のさみしい・・・。


 そのペットショップに一匹のキャバリアが登場したのは春も終りに近いある日のこと。ホワイトとタンにブラウンも混じったトライカラ−のパピ−はまだ片手でつかんで持ち上げられそうな小ささで、黒く潤んだ瞳が物言いたげな印象で。
 最初から劇的なインパクトがあったわけではない。ただその目が忘れられなかった。次の日も次の日も、ショップのガラス越しに彼に会う。やがて他の犬や猫はほとんど見ていない自分に気付く。「彼に会うために」そこへ通う28歳の女はその子犬に名前を付けることにする。「キャバリア・ワンワン」。その日からその名で呼ばれることになるパピ−。
 16万という定価が払えないわけではなかったが家はペット禁止のマンションだった。そして、男は犬が嫌いだった。

 日に日に愛らしく成長するキャバであったが一向に売れる気配もなくあっという間に2週間がたち、一番上のショ−ケ−スから斜め下のケ−スに移されたキャバ。値札は12万と変わっていた。
 体が大きくなろうと値段が変わろうと2人の関係は変わらない。彼女にとっては行き場のない愛情をひたすら微笑みかけることで注ぎ続ける相手である。しかしキャバにとっては目の前を通り過ぎて行く多くのニンゲンの中の一人に過ぎないのである。
 3週間目。季節はいつのまにか夏。うだるような暑さが突然に始まった。その日、キャバはグッタリと動かない。いつものようにクルクル走ったりおもちゃをハグハグしたりする様子がまったくない。早い息、白く濁った眼球。それが安静な休息でないことは素人の目にも明らかだった。呼び掛けても何の反応もなく、呼吸のたびに細い肩が震えるように揺れている。
 愛する者の苦しみを目の前にして、なにもできない自分。その晩彼女は一人のベットで流れる涙を止めることができない。悲しいのはその思いを打ち明ける相手すらいないこと。

 いつだって愛しき者は自分から去って行く。きっと自分はそういう運命の女なのだ。キャバもまた・・・。
 恐ろしくて会いに行けないまま3日がたち、一大決心の後に訪れたショップにはしかし、以前とかわらぬ愛苦しさで小首をかしげて見せるキャバがいた。ショ−ケ−スの前で立ち尽くす彼女の頬に涙。いったい知らぬ人は何と思ったことであろう? その時彼女は決めていた。この子と暮らしていこう、と。
 しかし、いったいどうやって飼えばいいというのだろう。仕事は不規則で家にいる時間も短く、だれ一人賛成してくれる者はなし。4週間を過ぎまたケ−スを移動され値段も下がったキャバ。体も最初の頃に比べるとずっとスラッとして、やんちゃな表情にもこころなしか知的な輝きが加わってますます愛らしいキャバ。でもここでの暮らしはきゅうくつそう。彼女はなんとか早く自分の元へ、と奔走していたが現実の厳しさは想像以上で時間だけが過ぎて行く。
 そして6週間目、キャバは新しく来たブラックのダックスのパピ−に追われるように姿を消した。小さなダックスを見ればキャバが大きくなり過ぎたことは明白であった。泣いてみたところで仕方がないのであった。現状では犬を飼うことはできないのである。

 「またきっとカワイイ子がいるわ」。そう思うことにした。そう思えば気が楽になると思った。でも違っていた。世の中にかわいい犬、美しい犬、利口な犬、素晴らしい犬はたくさんいる。しかしあのキャバはあのキャバであって他のどんな犬でもないのである。あれから何匹のキャバに会ったことだろう。でもどんな子もあの「キャバリア・ワンワン」ではないのである。彼の代わりには決してなれない。目の前にいていつでも会えた時は気付かなかったが今ならわかる。あれが『真実の愛』であったと。これからもしあの子に似たキャバに会ってもその子は代用品。後から悔やむと書いて「後悔」。チャンスをのがしたら二度と手に入らない『真実の愛』。そして『真実の愛』をまた失ってしまった女。それでも一点の濁りもない犬の瞳を見ていれば少しは幸せな気分になれる。犬は人を幸せにする。
 最後にもう一度。『真実の愛』とは他のどんなものでも代用のきかない愛。決して手放してはならないもの。 おしまい、っと。


・・・後日談・・・
 ここで皆さんに『真実の愛』その後 を・・・ 『真実の愛』はほとんどの部分がノンフクションと書きましたが昨日、ム−ミンパパさんからメ−ルをいただきそのキャバがパパさんのところにいるキャバと判明したのです。信じられますか?あまりの興奮でSHI−BOは眠れませんでした。プロっぽくかっちょよくその顛末をUPしようと思ったのにもう手が震えちゃって書けないんです。本当に・・・よかったらことの顛末を皆さんにお話してあげてもらえませんか?>ム−ミンパパさん

 そして「女」は94年11月23日 昼。逗子のマリ−ナでそのキャバと再会する。彼を失い、もう一つの愛も失い、生きている目的もなく立ちすくむ彼女をただ何もいわず支えた一人の男がきっとその脇に立ち二人の再会のシ−ンを見届けるだろう。おしまい

後日談にもあります様になんと運命的なことか、この「キャバリア・ワンワン」とボス君は同一犬物だったのです!!
そうして、お二人と、もしかしたら同一犬物かもしれないトライのキャバリアが晩秋の美しい埠頭で巡り会うのです。
しかしこのお話の連載中は、同一犬物だったとはまだご存じないのでした。

 前略 飯田 忍様                     ム・ぱ(並木 研二)氏 著

“ボシのガラス越しの見守りの母”様

  私がパソ通なるものを初めて体験したのが、同じ年の10月のことでした。
 某ペット会議室で「キャバ飼いです」の私の自己紹介にたいして「キャバリアですか?私には特別の思い入れがあるんですよ」と早速のレスポンスをつけてくださったのがあなたでしたね。そしてそれがあの「ガラス越しのキャバリアとの物語」というノンフィクション・エッセイになったわけですよね。
  「ガラス窓に3ヶ月、トライのキャバリア」・・それはウチのボス(今はボシ)によく似た話し・・まてよ!これは間違いなくボスのことだ・・」。あなたにメ−ルを差し上げました。電話をいただきました。(飯田)「その店は横浜ですよ。」 (私)横浜の西口でした。(飯田)「某ホテルの前の・・・?」(私)「そう、○×屋の1階の・・」あなたは、次第に声が湿って震えていましたね。 「是非、ボスに会ってやっていただけませんか?」という私のお願いにあなたは「逗子マリ−ナの埠頭」を指定しました。11月の祭日だった晩秋のその日、朝から本当に気持ちの良い秋晴れのとても気持ち穏やかになる温かな日だった・・と記憶しています。

ムーミンぱぱ(現・ムぱ)さんが、この「キャバリア・ワンワン」がボス君となった日の事を書き下ろしてくださいました。

 前略 “SHI-BO”さん、こと飯田 忍様 

  ご無沙汰しております。早いものであの晩秋の逗子マリ−ナの日から2年半が過ぎなんとしています。 そう言えば、飯田さんには「何故、ボシが我が家に現れたのか?」についてお話したことがありませんでしたね。

 当時、都内のマンションで先代の叙次から数えて通算9年め、当時は「ブレンナム叙子1歳」とマンションで「掟破りの毛むくじゃらの子供」との生活をひっそりと、ただひたすらひっそりと目立たないように暮らしておりました。
 そんな生活環境でしたから、その日突然二人目の“毛むくじゃらの息子が増える・・”なんて誰が予想したでしょうか。 所要があって妻と二人、横浜に出掛けて妻の用事がすむまでの私は暇つぶしの横浜歩き、とある繁華なにぎわいがふっつり途切れているような横丁小道に入り込んで、それはそれは小さなペットショップの前を通りかかりました。そこには種々の生き々きとした小犬に混じって「けばだって、つり上がり目の真っ黒な、いかにも貧相な、それでいて図体が明らかに大人になりかけのトライのキャバっ仔」がおりました。何の気なしに店の女の子に「この子、キャバにしては安いね」と聞いたのが間違いの元、店に来て3ヶ月もガラス窓の生活を過ごしてきた強者の仔犬は、もう来週には否応なしに店から外へ・・の運命だそうです。

 妻と合流し、連れ立って再び店に戻りました。ガラス窓越しに「千切った新聞紙をトイレシ−トにして正座して、威儀をただして、ロンパリの吊り目をせいいっぱい見開いた・・・」彼が座っていました。妻をあなたと間違えたのかもしれんませんね。その日、その場から即、連れ出しました。 彼がわが家に闖入してきた日、2年前の7月24日(日)のことでした。

そして、お二人とトライっ子の感動的な再会の感動をあなたにも是非わけて差し上げたいと
ムぱさんにお願いして再現していただきました。

 前略 飯田 忍様 逗子マリ−ナのハッピ−エンド

 「是非、ボシに会ってください。」・・・そういって渋りがちのあなたに、強引にアポを迫りました。とある晩秋の週末に逗子マリ−ナ・ハ−バ−で・・」と話が決まって、後はとんとん拍子でその日になりました。その日、その時はまだ、私はあなたを存じ上げてませんから目印は「トライのキャバっ仔を抱えたム−ミンぱぱが目印でした。

 約束の刻限になっても「ボスのガラス越しの母」は現われません。「さっき、目の前を通りすぎていった車の女(ひと)がそうだったのかもしれないのに・・違ってたのかな?」優に約束の刻限を10分近くたってから、あなたが現われましたね。目を真っ赤にして。泣きはらした目をして・・。「やっぱり、さっきの車の中の女(ひと)があなたでした。
 「ぱぱさんの腕の中の、この子をみたら・・涙が止まらなくて・・・」しばらく、車の中で「初めて会う“むぱ”に泣き顔を見せたくない」そう思って一生懸命、涙を止めようにも、なかなか止まらなくて・・」と言い訳されてましたね。
 下におろされたボスが駆け回り、叙子がまとわり付ついて、そしてボスがあなたに得意の「抱っこ〜!」をねだるに及んで、あなたはまたまた大粒の涙、涙でした。
 でも、きれいなお嬢さんが「大粒の涙をぽろぽろ」の情景は、それはそれはきれいな情景でしたよ。

 晩秋の南欧を思わせる逗子マリ−ナの堤防越しに秋の海が、のたりのたりと、快晴の陽の下で海原が燿りきらめきしてました光景が、いまも昨日のことのようです。 あのガラス窓の中の大きくなりすぎてみすぼらしかった「あなたの、あのトライのキャバっ仔」は、もう今では先代の叙次をしのぐ立派な「キャバリアおのこ」の威風堂々を見せています。毎日を“甘ったれり−のボシ状態”で幸せに暮らしています。 そうそう、今ではあの日を記念して、「ボスと読んでいた名前を、SHI-BOを裏返した“BO-SHI・・ボシ”」と名乗らせていただいてます。 

 “ボスのハッピ−エンド”でSHI-BOさんの物語をハッピ−エンドにくくれて、本当にキャバリア・・万歳!。

 よろしければ、ボシくんのお父さん「ム・ぱさん」にメールで感想を送ってください。
E-mail  knamiki@anet.ne.jp  



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