目の前に、どうしても現像に出せないフィルムがある。
この中にはきっと可愛い可愛い「ヒナ」がたくさん写っているに違いない。
それを見るのが辛すぎるのだ・・・。
何回か前のお話で、「小さいテンちゃん」がもらわれていった先の先住犬が、事故にあって死んでしまったお話を書いたとき、私自身飼い主さんに対する怒りも込めて書いたことは事実だった。
しかし今回のことで、同じように犬を飼っている以上、そんな批判はするモノではないと、身につまされた。
1月31日夕方・・・悪夢は一瞬のうちにやってきた。
ヒナ & ミル |
いつものように、部屋の中でキャバ達5匹がにぎやかに走り回り、私と娘は夕食前だというのにいただき物のケーキを食べようとテーブルについていた。
主人が「ちょうど暇だから車のオイルを換える」と、外へ出て門を開けた。すると、何を思ったのかミルが外の主人に向かって猛烈に吠え始めた。アカの他人に見えたらしい。
それにつられて、他の子達も掃き出しの窓からギャンギャン吠えて、外へ出ようと戸をカリカリやっている。
普段、ウチのキャバ達はこの掃き出しの窓から出入りしているのだが、戸はキチンと閉めてあって、開くはずはなかった。
だから、出て行けるはずはないと思っていた・・・・。
何かが起きるときはそう言う思いこみから始まるのだ。
「ウチの子が出て行くわけがない」
「ウチの子は呼んだらちゃんと戻ってくるに違いない」
「ウチの子は脱走したって、すぐに帰ってくるに決まってる」
どうやって開けたのか、重いはずの窓が開いたのだ。きっと何匹もがカリカリやっているウチに少しずつすき間が出来たのだろう。少し開けばあとは簡単だ。
一気に5匹は外へと出ていった。
不幸なことは重なる物で、まさかキャバ達が出てくるとは思ってもなかった主人は、門を閉めていなかった。
キャバ達は主人の横を一気に走り抜けていった。
呆気にとられ身動きのつかない主人、裸足のまま追いかける娘・・・。
その時でさえ、私は慌てて追いかけながらも「近所を一周したら帰ってくるだろう」と、タカをくくっていた。本当に大馬鹿者だ。
すごい顔のテンテン |
その後、娘がモモを抱っこして帰って来た。
「他の子は?」
「わからん!名前を呼んでも見えんのよ。モモはオシッコしていたのを捕まえた。」
娘は裸足のままであることも忘れているようだった。
娘の言葉を聞いて、その時初めてなにかしら妙な胸騒ぎがした。
娘に靴を履くように言った後、近所を探していると「さっき、あっちへ逃げていったよ」と、教えてくれた人がいた。言われたとおり探した。
しかし残念なことに、その時は山へ通じる横道があったことに気づかなかった。私達はまっすぐに進み、その頃4匹は横道から山のてっぺんに向かって走っていた事があとでわかった。
アッという間に日が落ちて懐中電灯無しでは探せない程になってきた。
泣きたくなってくる。
思いつくところは全て探した。
夜遅くまで・・・・。
町内放送をしてもらうために、役場の出張所に電話をしたが生憎の日曜日・・・。
誰もいるはずはなかった。
ごきげん!
笑うハナ |
なんともやりきれない思いを残しながら、せめて道路に死骸がなかった事だけを慰めにその日は探すのを諦めた。
今日に限って寒くて風が強い。
いや、いつもこんな風に寒いのだろう・・・。
でも、普段は家の中でキャバ達はぬくぬくとネンネしているのだから、そう言う心配をする必要がなかっただけだったのだ。
眠れるはずはない・・・・。
娘の時折鼻をすする音と、時計の音だけが部屋の中に響いていた。
誰も眠っていないのに、じっと言葉も発せず朝が来るのをひたすら待った。
夜が明けた。
テーブルの上には昨日の食べかけのケーキがそのまま・・・。
何もする気も食べる気もしなかった。
早速、出張所と近所の区長さんに電話をして迷い犬の放送をしてもらい、それから写真入りの迷い犬のチラシをパソコンで作って貼って回った。
学校を休んだ娘と、主人は再び山道や林の中を捜索していた。
私もじっとしていられないが商売なので店を閉めるわけにもいかず、お客さんに写真を見せながら協力をお願いしながら「見つかったよ!」と、知らせを受けるのひたすらを待った。
しかし、電話はかからない。
なす術がないというのは本当に辛い・・・・。
外は日が暮れ始め「今日もダメか・・・」と胃が痛くなった頃「散歩の途中、白と茶色の犬が2匹連れだって走っているのを見た」という電話がたてつづけに入った。
受話器を持つ手が小刻みに震える。
嬉しかったが、目撃されたのは2匹だけ・・・と言うことで心の中は複雑だった。
きっと、内弁慶で恐がり4匹娘の事だからみんな一緒にいるだろうと思い込んでいたからだ。
目撃情報を元に主人と娘はその場所に駆けつけた。
携帯から電話が入る・・・。
「言われたところにはおらんよ。(いないよ)」
力のない声で主人が言う。
電話の向こうで「は〜な〜!」とハナの名前を呼ぶ娘の声が聞こえる。
その声は絶叫に近い。
私も辛いが、産まれたときから一生懸命子育てした娘の気持ちを思うと涙が出る・・・・。
やっぱりもうどこかに行ったのかな・・・。
諦めた気分になったとき、心配した目撃者の人がその場所に戻ってきてくれたようだ。
携帯電話を通して話し声が聞こえる。
「さっきは、あそこで見たよ・・・ほら!あそこ!!!!」
指さしたのは山の途中だ。
「あっ!いた!いたいた!!!」と叫び声。
主人と娘が「ハナっ!テンちゃん!!」と必死に呼んでいるが、どうやら一晩不安な気持ちで過ごしたからか、近寄ってこないらしい。
さっきから、主人と娘の様子を上から眺めていたに違いない場所だというのに・・・。
後から聞いた話では、近寄ると一瞬逃げようとしたというから、どれほどの恐怖心で一晩過ごしたか手に取るようにわかる。
さすがに娘が手が触れるところまで行くと我に返り、2匹とも飛びついて来たらしい。
我が家に帰った2匹は草の実を身体中にいっぱい付けていた。
帰りたくて、帰りたくて、必死に走り回ったのだろう。
それをあらわすかのようにテンテンの足の裏は少し擦りむけていた。
撫でてやるとくすぐったいのかピクピクと足を振って嫌がった。
夜、いつも通り家の中で遊んだ後、懐かしいニオイのついたサークルで2匹ピッタリくっついて何もなかったような顔をして眠った。
もちろん、お腹いっぱいにして・・・・。
寝顔を見ながら、ふとハナの涙目の跡がキレイになっている事に気づいた。その理由はすぐにわかった。
寄り添って不安な夜を過ごしながら、やり場のない不安からテンテンがずっとハナの目をなめ続けたのだろう。
あらためて愛おしさで胸がいっぱいになる。
可哀相なことにそのテンテンは涙目が一番酷い。
心からハナとテンテンの生還を喜んでやらなければいけないのに見つからないミルとヒナの事が頭から離れない。
一番甘えん坊のヒナと、一番よその人を受け入れなかったミルは、一体どこで何をしているのだろう。
その夜は一層冷えた。
疲れ切っていてもやはり眠れない。
でも、昨夜と同じく「あれだけ探し回ったのに、車に轢かれた痕なんかなかったじゃない!絶対どこかにいる。」
お互いがそう慰めて床に入った。
しかし2匹が凍えているかもしれない今、自分たちはこんなに暖かい布団にくるまれていると思うと申し訳ない気持ちでたまらなくなる。
翌日は娘を説得して学校に行かせた。
あと2ヶ月後には受験が控えている。
しかし、2時間目が終わる頃には学校から、「授業が出来る状態ではありません。
辛い気持ちでじっと待つより探させてあげて下さい」と電話が入った。
学校に迎えに行くと目を真っ赤に泣き腫らして保健室にいた。
「こんな大事なときに・・・困ったことです」と、先生に言うと「受験と天秤にかけられる物じゃないですよ。」と、優しく言って下さった。
自分の足で探し回った分ある程度落ち着いたのか3日目からは、なんとか一日授業を受けられるようになった。
その後、私達夫婦は交代でいつものように出会った人に声を掛けながら捜し歩いた。
仕事そっちのけで探し回る私達の姿を哀れんでか「ウチの店にもチラシ貼ってあげるよ」と、言ってくれる店主まで現れ、本当に暖かい気持ちが嬉しかった。
しかし残念ながら、何の手がかりもないままいくつかの目撃情報もあやふやになってきた。
そんなある日「近所で迷い犬のチラシの写真によく似た白黒の犬を連れて歩いている人を見かけるので、もう一度その地域で町内放送をしてもらったら?」と、わざわざ匿名で電話をしてきてくれた人がいた。ミルのことだ。
「今度こそ見つかるかもしれない!」と、放送してもらったがやはり手応えはない。
「こうなったらこっちから行くしかない!」と、主人が待ち伏せ作戦に出た。
1度目は空振り・・・。
そして運命の2度目の待ち伏せは雨上がりの日曜日だった。
雨上がりだから犬を飼っている人は一斉に散歩に出るに違いない、と主人が素晴らしい勘を働かせて(ヨイショ!)一人で早朝から車の中から“張り込み”をしていた。
すると、匿名の電話通りの場所でミルとそっくりの犬と(ミルなんだから当たり前だが。)大きな犬の2匹を連れた女の人がやって来た。
すぐに車から飛び降り、「ミル!」と、名前を呼ぶ主人。
反応して走り寄ろうとするミル。
連絡を受けてもちろんすぐに私も駆けつけた。
「あぁ、よかったねぇ。見つかって・・・」
実はそう思っていただくのはまだ早いのです、読者の皆様。(^^;)
「あなたの犬だったんですか、じゃお返しします。」
「はい、大変お世話になりました、ありがとうございました。」
と、上手く行かないのが世の常だ。
その家族は揃って無類の動物好き。
だからこそ、ミルを保護してくれたのだろう。
お家にお邪魔したらたくさんの猫たちの歓迎を受けた。
脱走した翌日保護されて、3週間。
ミルは「リリ」と呼ばれていた。
大事に大事にされていた様子は一目見てもわかった。
13年飼っているという「じいちゃん犬」は外で飼われているというのに、ミルはそこのご主人と一緒に布団で寝起きしていたし、ウチにいたときは少しあった毛玉も全然なくなっていた。
そしてなにより縁側でうなだれているご主人の姿が全てをあらわしている。
奥さんもミルとの別れを惜しんで時々向こうを向いて涙を拭いていた。
一緒に過ごした3週間ですっかり情が移ってしまったようだ。
当のミルはその間、ずっと私に飛びついていたが、たまにそのご主人の所へ行ってシッポを振って愛想を振りまいている。
絶対よその人に懐かず、義父にさえ吠えていたミルが・・・。
そんな姿を見て私達は「絶対連れて帰る!」と言う決心が揺らいでいた。
「どうして?!あんなに探したんじゃない!それにそもそもモモ母さんちの犬じゃない!」と、我が事のように怒って下さった方も一人や二人じゃなかった。
・・・これは私達にとって本当に難しい問題だった・・・。
その時の私達夫婦の心境は、半ば生存自体あきらめかけた頃、生きて元気にしているミルの姿だけで満足してしまったのかもしれない。
しかし逃げたのをほっておいたんじゃない、必死で毎日捜し続けたのだから堂々と連れて帰るべきだったのだ。
その家族が警察や保健所などのどこかに届け出てくれれば、もっと早く我が家に帰れたのだから、考えようでは保護してくれた人は「恩人」にもその反対にもなるかもしれない。
でも、そこで私達が出した結論は「置いて帰る」だった。
家に帰る途中、娘が図書館に向かって歩いている姿を見つけ車を止めた。
朝起きると両親共にいないから「もしかして見つかったのか」と、思っていたらしい。
いきなり「ミル、おったん?(いたの?)」すごい形相で聞いてくる。
受験を控えている娘にはこの事は黙っておこう、とさっき主人と話したばかりだったのに、その形相に負けて「うん、元気だったよ。でもそこで飼って貰おうと思うんよ。」とバカ正直に話してしまった。
「なんでぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
と、叫ぶと同時に滝のように涙が流れ始めた。無理もない。
「あのね、ものすごく可愛がられていてね、・・・・」と、言い訳するがもちろん聞く耳など持っていない。
きっと最低な親に思えたことだろう。
数日間、娘の態度はウニのようにとげとげしかった。
これも当然のことだ。
「ミルに会いに行きたい、でも連れて帰れないのに会うだけじゃ辛い・・・。」
そんな葛藤があったのは間違いないが、ついに娘も会いに行く決心がつき主人に「連れていって」と頼んでいた。
そして!
1時間あまり経って帰って来た娘の腕にはミルの姿が!!
泣きじゃくる娘と、対照的に陽気なミル。
「返してくれたんじゃね?」駆け寄る私。
うなずくが言葉にはならない。
「よかったねぇ・・・・よかったねぇ・・・・」
娘の涙にあちらも負けたのだ。
きっと今頃あちらではミル・・・いや「リリ」が残した食器や布団のオシッコの跡を見ながら泣いているんだろうと思うと、なんともせつなかった。
理屈だけでは割り切れない思い・・・・。
残念ながらこれを書いている今もまだヒナは帰って来ていない。
「こんなに可愛い犬だもの、絶対どこかで飼われているに決まってるよ」と、会う人会う人慰めてくれる。
私も家族もそう信じている。
ところで、私はこんな事があってから「迷い犬の掲示板」に書き込んだのはもちろんちょくちょく覗いてみるようになった。
すると、毎日たくさんのワンコ達が保護されたりいなくなったりしていることにビックリした。
そこでは飼い主の悲痛な思いが凝縮されている。
もちろん掲示板のお陰で見つかる例も少なくない。
ここからはお願いです。
そういう掲示板が一人でも多くの人の目にふれることで、命拾いする子達が増えるかもしれません。
「迷い犬」で検索して少しでも多くの掲示板に目を通して下さいませんか?
例えばこのホームページ・・・
http://www.eclat.co.jp/~pochi/board2/index.html
あなたの近所にもいなくなった「ウチの子」を探している人がいるかもしれません。
私は自分たちの不注意で取り返しのつかないことをしてしまったし、4匹中3匹帰って来たのは幸運だったのかもしれません。
でも、「ヒナ」の代わりになる子なんていないのです。
鍵さえかけていれば何事もなかったのに・・・・。
皆様は万全の注意を払われていることと存じますが、何かの参考になれば・・・
と、今回これを掲載していただきました。
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