第6話:「ごめんね。」
2時間余りぐっすり眠った私は、もう一度天使達を見ようと巣箱を覗いた。
「お乳を吸っているかなぁー、寝てるかなぁー。イッヒッヒ・・・」
次の瞬間、私は自分の目を疑った。 モモのお乳に吸い付いているのは6匹。 1匹は、離れたところで口をパクパクさせて、まるであえいでいるようだ。 「?!」 何がなんだかわからなかったが、それが普通でないことは理解できた。 「ほら、お乳吸わないと!」と、その子犬をお乳に近づけたが、全然吸おうとし ない。 身体も、すでに冷えてきている。 「大変だぁ!」 私は半泣きで娘を呼んだ。 そして、タオルで擦り刺激を与えた。 『諦めずに、とにかく擦り続けてみて下さい』と、本に書いてあったのを覚えて いたからだ。 今、冷静になって考えたら、それは仮死状態で産まれた場合の事なのだ。 でも、その時は無我夢中だった。 「そうだ!ミルクをやってみよう!」 育てるために買った ほ乳瓶やミルクをこんな形で使うようになるとは、幸せな 気分で浮かれていた時は思いもしなかった。 目にいっぱい涙を溜めている娘に子犬の身体を温め続けるように指示し、急いで ミルクを作った。 「ほらっ!ミルクよ!」 祈るような気持ちで口の中に入れてやるが、全然飲もうとしない。 「お願いだから!飲んで!」 ほ乳瓶の乳首を左右に動かすが、ちっとも飲み込む気配がない。 「キュルル・・」 か細い鳴き声をあげる。 「いやだ!絶対死なせたくない!」 私は、震える手でいつもの獣医さんに電話を入れた。 「実は、1匹お乳を飲まなくて、大きく口を開けてパクパクしてるんです。」 「・・・そうですか・・・」 先生は低い声でそれだけ言うと、次の言葉を探しているようだった。 本当は、私にもわかっていた。 こうなってしまっては、多分助からないことを。 以前、弱った捨て猫を拾って帰ったことがあった。 その時も、こんな最期だった・・・。 「でも、出来るだけのことはしますから、連れてきてみて下さい。何もしないよ りは・・・」 辛そうにそう言われた。 こうしている間に、子犬の身体はどんどん衰弱していた。 「冷えているんだから、温めたらいいかもしれない!」 洗面所にお湯を溜め、子犬をそっと入れてみた。 しばらくは、動いていたので、もしかしたら・・・と、希望を持った。 「がんばって!お願いだから!」 せっかく、産まれてきたのに一度も自分を産んでくれたお母さんにじゃれつくこ ともなく、一度も外の世界を見ることもなく逝ってしまうなんて・・・。 この子はこんなに苦しんでいるのに、泣いてやることしかできない・・・。 ちょっとした油断から、こんな最悪なことになってしまった。 悔やんでも悔やみきれない。 「キュゥー」・・・声を出した。 でも、それは息を吹き返す声ではなく、お別れの声だった。 お腹の中の2ヶ月だけの命だった。 可愛い顔だった。 小さい爪も、耳も、みんなみんな可愛かった・・・。 ひとりぼっちで寂しくないよう、みんなが見える庭に小さな身体を埋めた。 ごめんね、助けてあげられなくて・・・本当にごめんね。 第6話:おわり |